4月14日の地震から16日の今日で2日目になります。
依然余震が続いているようです。

東北や奥尻島の時もそうでしたが、TVをつけると全チャンネルがそのことを伝えています。
ネットも同じ様な記事だらけです。

なので、私がここでTVと同じように地震の情報を書いたところで、TVより詳しくお伝え出来るわけもありません。

TVを観れば、被災地では地獄の様な映像をリアルタイムで写し出しています。
そして、余震や大雨により状況は悪化する旨も伝えています。


Photo credit:japan earthquake / uair01

東日本大震災や北海道南西沖地震の時は場所的に近かったせいか、私も大きな揺れを感じました。

しかし、東北や奥尻島の場合は直接的な地震よりも津波という水害により数百倍もの破壊力と死者が出たのです。

今回の熊本の地震は、幾度となく起きる大きな余震と火山活動が、破壊と恐怖を増強させている様です。
その余震により二次災害が心配されているとTVでも伝えていました。

津波がなかったので、それだけでも救いです。
しかし、これからの雨が非常に気になります。


こんな状況の中、何を書けば良いのか困ってしまいます…。
被災者に対して、ありきたりの言葉や激励をおくるのか…。

…。

正直15分くらい考えていました…。

いや、

私はあくまでもスピリチュアルとして、私が思っている本心を書くのが正しいと思いました。
何をのんきに…、と思わないで下さい。

同じ地球に、同じ日本に、同じ時間にいるのです。
「頑張って下さい」や「気をつけて」などの言葉や激励はいくらでも書けますが、被災されている方は私たち以上にそう思っているのです。

それより、なぜ我が身に災難がふりかかったのか。
その意味です。

同じ被災地にいるのに生死を分ける意味。
ちょっとした偶然や、行動が生と死を分ける意味です。


Photo credit:Obstructed for My Own Good / dionnehartnett

たまたま、タンスの横に居て天井から落ちてきた梁をかわした。
とっさに机の下に隠れて壁の崩れから逃れた。

頭で考えない、直感やとっさの行動は霊的影響が大きいと言います。

結果云々ではないのです。
感じた思いです。

あの時、それをした事で今こうしていられる。
それは偶然ではなく、目に見えない存在たちに動かされていると思います。

私は危機的状況に過去3度ほど遭いましたが、その時は生きているというより生かされていると感じました。
どんなに絶望的な状況にあっても、どんなに周りが地獄と化しても、生きる人は生きるのです。

昨日、救出された赤ちゃんの様に。

それは死ぬ時期ではないからです。
自分が決めた寿命まで生かされているからだと思います。

この世には科学で絶対に説明出来ない不思議が山ほどあるのです。

…。



こんな時に、これ以上は書けそうもないので、次の機会にしたいと思います。
今は見守っているしかありません。

 

続きは次回に

※記事中の<Kさん>のお話、あるいは書物などの転載内容は、ほんの一部分です。
興味のある方、詳しく知りたい方は、FUJI日本のホームページをおすすめ致します。

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